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バブル弾けて金融危機... 荒波越えた平成

株式投資の超キホン「日経平均」を知ろう!(10)

平成の時代がまもなく終わりを迎えようとしています。日経平均株価にとって、右肩上がりだった昭和とは打って変わり、相場が上にも下にも大きく動いた激動の時代でした。令和の時代を迎える前にここで振り返ってみましょう。

■バブルの平成元年に最高値

basics10-1.jpg平成の日経平均は3万0678円39銭(1989年1月9日の終値)で始まりました。当時はバブル経済の真っただ中で、大納会の12月29日には史上最高値となる3万8915円87銭をつけました。しかし翌平成2年(90年)に入ると、雰囲気は変化し、株価が企業の実態に見合わないことへの警戒感が色濃くなっていきます。2月には1日だけで下げ幅が1000円を超す日が出始め、同年4月2日に日経平均の下げ幅は日次ベースとして歴代ワースト2位となる1978円38銭安を記録しました。高値警戒感があるなかで、この日には生損保が長期保有株を大量に売却する、との見方がきっかけになったのです。

ちなみに下げ幅の記録を見ると、ワースト3位は平成2年2月26日(1569円10銭安)、ワースト4位が平成2年8月23日(1473円28銭安)となっています。いかにこの時期、急ピッチで日本株相場が調整に入っていったのか、数字のうえでもうかがえます。

日経平均の下げ基調がいったん止まるのは平成5年(93年)です。国内景気の回復期待が相場を支えました。国内政治ではこの年、非自民政権が誕生しました。ただ政権基盤は不安定で、その後自民党は当時の社会党、新党さきがけと連立政権を組み、与党に復帰することになります。その間、金融機関は不良債権問題を抱えたままでした。日経平均の上昇は勢いを欠き、平成8年(96年)には再び下落に転じます。当時の橋本龍太郎首相は翌平成8年(97年)に消費税率を3%から5%に引き上げますが、国内景気を冷やす結果になりました。この年は三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券と金融機関の経営破綻が続き、日経平均は年間で21.1%下げました。平成10年(98年)には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行も相次ぎ経営破綻しました。

国内景気の停滞を変えるため、財政出動を伴う大型の景気刺激策を打ち出したのが、橋本氏に続いて政権を担った小渕恵三首相(当時)です。大手銀行に公的資金も注入し、平成11年(99年)の日経平均は平成時代として歴代3位の上昇率となる36.8%を記録しました。

■米同時テロと金融危機

平成12年(2000年)以降はIT(情報技術)バブルが起こり、相場を押し上げますが、長くは続きませんでした。翌平成13年(01年)9月の米同時テロの直後には日経平均が1984年8月1日以来となる、約17年ぶりの1万円割れまで落ち込みました。米英によるイラク攻撃もあり、日経平均は再び下げ基調を強めます。この傾向は続き、平成15年(03年)4月には当時のバブル後最安値(7607円88銭)まで下げました。反転の契機は5月、政府がりそなグループの実質国有化を決めてからです。日本の不良債権問題が一段落した、と受け止められ、外国人投資家の買いがけん引する形で日本株相場は堅調となりました。収益拡大の可能性がありながら割安になっている、との見方で日本株が見直され、日経平均は平成15年から4年連続で上昇しました。

この時期は先進国だけでなく、新興国の経済成長も著しく、グローバル化を進める日本企業が日経平均をけん引しました。その様子は今年4月から算出・公表を始めた「日経平均外需株50指数」「日経平均内需株50指数」の推移を比べると分かります。2つの新指数は日経平均の構成銘柄の中から、海外売上高比率の高い順に50銘柄を「日経外需株50」に、低い順に50銘柄を「日経内需株50」に組み入れています。算出の起点としている平成13年(01年)末を100とすると、日経外需株50が日経平均よりも大きく上昇を描いていたのが分かります(グラフ参照)。

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世界の株式相場を揺さぶったのは平成20年(08年)のリーマン・ショックです。米国で債務者による住宅ローンの返済が滞り、このローンを組み込んだ金融派生商品の焦げ付きが米国の証券大手を中心に表面化しました。米国の金融機関の経営を圧迫し、リーマン・ブラザーズは経営破綻します。株式市場に流入していた投資マネーが安全資産に逃避した影響で、この年の日経平均は平成どころか、歴代の下落率でもワーストの42.1%でした。リーマン・ショックで世界の景気は冷え込み、平成21年(09年)3月10日に日経平均はバブル後最安値の7054円98銭まで下げました。

■アベノミクス契機に反転

平成の日本は甚大な地震被害もありました。特に平成23年(11年)の東日本大震災は製造や物流の拠点網に打撃を与え、企業業績にも影響しました。この年の日経平均は17.3%安でした。その後、現在に至る反転を見せたのは翌平成24年(12年)12月に再登板した安倍晋三首相によるアベノミクスによるところが大きいでしょう。日銀による異次元緩和や政府の財政出動の効果に期待が高まり、日経平均は上昇に転じます。平成25年(13年)の年間上昇率は実に56.7%と平成時代を通じて最高を記録しました。

現在の相場を考えるうえで、大きな節目は平成28年(16年)かもしれません。この年、米大統領選でドナルド・トランプ氏が勝利し、英国は国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を決めています。特にトランプ氏の米大統領就任は経済政策への期待を高め、米国株の堅調をもたらしました。株式市場へのマネーは日本株にも波及し、平成30年(18年)10月には日経平均が2万4270円62銭まで上昇しました。平成3年(1991年)11月13日以来、約27年ぶりの水準まで戻したことになります。

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バブル経済の崩壊や国内金融機関の不良債権問題、リーマン・ショックによる世界的な株安、1ドル=75円台という超円高など平成の日本経済は幾多の課題に直面してきました。現在の日経平均は2万2200円前後で推移しており、平成元年のスタートと比べて約30年で7割強の水準まで戻した、と言えます。いま日本株市場で注目を集めているのは米中の貿易摩擦の行方です。令和の時代も日経平均は克明に時代の空気を刻んでいくことになります。

※日経平均株価の上昇・下落の記録などは日本経済新聞社の指数公式サイト「日経平均プロフィル」内の「アーカイブ」のコーナーで確認できます。

(2019年4月26日電子版掲載)